ゲシュタルトに出会って、人生を取り戻したはっちゃんが、時々の旅路の様子、想い、感じたことを記します。
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2017-04-28 (金) | 編集 |
禅の導きを頂いている井上哲玄老師の 師匠であり父君の
井上義衍老師の語録の一節に出会うことを日課にしています。
何度も目にしながら、その都度 ハッとする程新鮮な出会いを
頂いています。
今日は、「無門関」の著者 無門慧開の「平常心」 について

「平常心」 は、知にも属せず、不知にも属せず、人びとの思考という
方便が 何の役にもたたない世界である。
如何なる行動規範にも、学問にも、思想にも、信念にも、仏祖の言葉
にも、体験にも捉われず、 即今をそのまま肯う (うけがう) 生き方である。
そのようになる為の不安、迷い、苦しみ 等々を、わり切らず、解決せず、
手をつけず、取り除かず にチャレンジする 。
これらは 生きていることの 活き活きした証しである。
この時こそ 人間が 最も人間らしく 存在する。

春に百花あり  秋に月あり
夏に涼風あり  冬に雪あり 
若し 閑事の心頭 に懸るなくんば
便ち 是れ 人間の 好時節


と歌われています。

問題は解決を必要として、解決をするものだと … 学んで 来ているので
驚きです。
わり切らず、解決せず、手をつけず、取り除かずに … あるがままそのまま
の今 … 即今を生きる って。
行雲流水 の如く 捉われることもなく ただあるがままに 今を生きる …
問題を問題 のまま … 不安なまま、怖れのまま、迷いのまま、苦しみのまま、
怒りのまま、悲しみのまま、淋しさのまま、嬉しさのまま、楽しさのまま、喜びのまま …
解決をせず、わり切らず、手をつけず、取り除かずに …
瞬間瞬間の 出会い 一期一会を、ただ 感じ 在るが ままを 生きる 。
凄く 新鮮です

禅のエッセンスのようです。
知に属さず と言っていますが、知で捉えて 思考と言う方便 から
自由になっていない 私がいますが、これも わり切らず、解決せず、
手をつけず、取り除かずに … あるがまま まいりましょう!

ひと息ついて ただあるがままにある … この在るに気づいて
生きる という前に 見え、聞こえ、嗅いで、味わって、息して
生きて在る 生命の息吹き に生かされてまいりましょう!
平常心是道也

このブログも6 年目を迎えました。
表現したいことがあって始めましたが、最近は文章化するという
知的な作業が、生きてあることから 距離を置くようで、なじまなく
なりました。
そろそろ 終わりの時を 迎えているのかと感じています。
始まりも 終わりも 、ありがたいことです

とにもかくにも 元気で 今を 生きましょう





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