ゲシュタルトに出会って、人生を取り戻したはっちゃんが、時々の旅路の様子、想い、感じたことを記します。
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2016-07-01 (金) | 編集 |
7月の始まりの夕暮れです。
18時を過ぎても、まだ太陽は燦然と輝いて西の空に
あります。
30℃を越す暑い日で、夏到来の感じがします。

オショーカードを手にしてみました。
引いたカードは、EXISTENCE [存在 ]

   オショーカード 存在

『 完全と言う蓮の葉に坐っているこの裸の人は、夜空の美しさ
を見つめています。
彼女は、「わが家」というのは外の世界にある物理的な場所
ではなく、くつろぎと受け容れることの内なる質だということを
知っているのです。
星、岩、樹、花、魚や鳥たち … みんな、生のこのダンスのなか
で私たちの兄弟姉妹です。
私たち人間はこのことを忘れがちですが、それは私たちが
個人的な事柄を追い求め、必要なものは闘って獲得しなければ
ならないと信じているからです。
しかし、究極的には、個として分れているという私たちの感覚は
幻想に過ぎず、心の狭い先入観によってつくられたものです。
今こそ、どこにいようとも 「わが家」 にいると感じる、その並はずれ
た贈りものを受け入れるようにしているかどうか、見てみる時です。
・・・』

禅タロットは、禅の在りようを示してくれます。
生まれながらには、「私」という認識はまだなく、家庭・社会生活で
この思い込み・認識の狭い枠組みを徐々に形成して、あたかも
「私」が実際にいる … だって、ここにこの身体をもって居るでは
ないか … と 疑いようのない「私」 様々な価値判断まみれの「私」
として、思い悩み、苦しみ、もがいたり、喜び、楽しんだりしながら
暮らしています。

そして、禅は、認識を超えた今 … 今 今 と今 と言う間に 今 ぞなし
今 と言う間に 今 ぞ過ぎ行く … 一瞬にして立ち現れ、立ち消えていく
脈拍も同じ脈は二度とない、今打って、立ち消えていく … このように
在るのが実存で、瞬間瞬間千変万化をしながら 生死・新陳代謝を
繰り返している … ここには「私」という認識が入り込む余地が無い。
従って、狭い枠が無く、存在は宇宙に開放され切っていて、瞬間瞬間の
縁・出会いによって、出会うものと一如になって見事に働いている
と … 教わっています。
分離のない一如の世界・大安心の世界 なのです。

認識・訳では分らないのがやっかいですが、広大で、豊かで、そして
ありのままで完璧なのですねぇ 。
認識の世界を超えた時、無分別智・仏智 が 働くようです。
だから、枯れ切って、死に切って大丈夫 … というよりもともとが
これだから … の世界が明確にわかるようです。
これが悟りといわれているもののようです。

私はまだ体験できていない … と思い込んでいる 世界・境界にいます
が、そうらしいまではわかります。

生まれる前からのこのもの … 死ぬまで片時も離れることのない
このものは、やはり魅力に満ちて、もっともっと知りたい・分りたい
欲が湧きます。
この欲が立ち消えたら これそのものなのでしょう

とにかく、宇宙にたったひとりの大切な宝もの、贈りものとしての
存在 … このものと親しんで、大切にしましょう

今夜は、星空が見れるでしょうか
よき時をお過ごし下さい





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