ゲシュタルトに出会って、人生を取り戻したはっちゃんが、時々の旅路の様子、想い、感じたことを記します。
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2016-05-16 (月) | 編集 |
先日、井上哲玄老師のお弟子さんである尼僧さんの玄妙さん
を、庵主をされておられるお寺さんにお尋ねしました。
72歳になられるということでしたが、溌溂とされてフットワーク
よく、魅力的な尼僧さんでした。
24年前の平成4年3月3日に、一般の女性から出家得度を
されて、その後富山の尼僧堂で雲水修行をされて、今の
お寺さんに縁あって庵主さんになられておられる玄妙さん。
もともとじゃじゃ馬だったようですが、今も
「 誰にも負けないですよ。師匠もそれはお世話になったので
立てますが、対等です。どのような席でも遠慮会釈なしです。
檀家さんとも言い合いますよ。 譲りません。
自分をちゃんと生きないから迷うんです。
何も怖いものなどありません。絶対の自信がありますから。
仏さまがちゃんと護ってくれていますよ。
裸になって、方便ではなく真実を生きるのです。
誰とも親しめます。楽しいですよ。」 と男っ気たっぷり(?)で
話してくれました。
人生相談から仏法の話し、駆け込み寺もなさっておいで
とのことです。
頂いた小冊子は、ご自身が描いた墨絵いりで
出家得度式の様子、尼僧堂での修行の様子、卒業
間近の様子が、短い文章に簡潔に記されていました。
以下、尼僧堂での修行の様子の文面です。
「朝起きてから、床につく迄、清掃、食事、坐禅、お経等、
尼僧堂の日課が組まれています。
尼僧になったら是非やりたい念願の托鉢は、一週間
過ぎてありました。 お経(托鉢の経)の特訓があって、
先生について、一軒一軒歩きました。
初めの頃は、鈴が鳴らないで、ぐるぐる回ったり、突然お経を
忘れたり、お腹に力を入れて、大声で、ホーウオホホウ、
もう一生懸命です。
恥ずかしさ、ためらい、もう入る余地無しです。
ある家の玄関で鈴を鳴らしていますと、中から声がします。
「 戸を開けて入って下さい。」 戸を開けると、おばあさんが
寝巻を着てお布施を差し出していました。
この時は、思わず手を合わせました。
「 お元気で長生きして下さい。」 と 申しました。
己が仏様の使いに思えました。 又 合掌してお経を
聞いて下さる姿は、仏様の姿。
富山は、町を歩いても、山里を歩いても、いつも清らかな
水が音をたてて流れています。
人も水の流れと同じです。 長い歳月を生きてこられましたら、
つらい事、悲しい事たくさんあったでしょう。
今もあるかも、しれません。
しかしどのようなことに出逢っても、みんな流れ去っています。
もう有りません。
きのうは終り、今日は新しい日です。
毎日は、新しい日の連続です。
くわしく観ますと、今の一時だけです。
それとて、止まっていません。 流れています。
今を大切に、流れて下さい。」

行雲流水 … 一時も止まることなく、かけがえがなく
一期一会で、もう決して二度と生きない今が、 生かされて
生きて、生きられて … 流れています。
大自然の生命 に 感謝しつつ の 今です。
良い時でありますように 

 新緑とカワセミ




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