ゲシュタルトに出会って、人生を取り戻したはっちゃんが、時々の旅路の様子、想い、感じたことを記します。
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2016-05-07 (土) | 編集 |
       自己の本質に触れる。

「皆さんが勉強する時に、今まで学んだものを一切持ち込まないで
勉強しないと無理です。
眼だってそうでしょう。今まで、どれだけ沢山のものを見て来たか
知りませんが、今、ものに触れる時、今まで見て来たものを一切
使わないんでしょう。
もし、今まで見て来たものを使ったら見えないんでしょう。
「ドン」この音を聞くのに、今までどれだけ、いろいろ聞いて来た
んでしょうが、一切そんなものを必要としないんでしょう。
触れた時「ドン」そこで間違いなくきちんと出来るようになっている
今の様子で充分でしょう。
仏道を学ぶということは、今まで学んで来たものに一切用がない
のです。
仏道を学ぶということは、自分自身の本質、今の在りように触れる
ということです。
問題が起きているのは、どうあったらいいのか? みな考え方の上
のことでしょう。
考え方をはずしたら、問題なんか何もないんです。」
                     井上義衍 老師より

5月1日~5日まで、曹洞宗浜松龍泉寺にての坐禅接心会でした。
朝5時前に起床し、身支度を整えて5時20分から坐禅堂にて
40分坐って自己に親しむ。 終了後本堂にて朝のお勤め。
ラジオ体操の後、作務(草取り、広い庭の掃除、本堂等の掃除、
布団干し等その日による) 7時半から朝粥を頂く。茶碗等洗う。
休憩後、9時から40分坐り、10分経行。 10時から老師の提唱
(老師による禅のお話し)11時20分から40分坐り昼食。
食事の作法も、今頂くものと器も含めて丁寧に出会うように
出来ている … 洗練された美しいもの。
暫くの休憩中に温泉に出向いたり、坐ったりめいめいの自由。
坐り、経行し … 全ての時、瞬間瞬間に、生きて在る自己に
親しむ。 痛みとも親しんで仲良く、そして解くのも自由。
独参と言って、樽部屋で老師に一対一で、質問や今の在りよう
の報告をしたりして、自己に学ぶ 学びを確認する時間もあり。
17時から夕食、片づけ。
18時半から坐り、経行、坐り、経行。
普勧坐禅儀を皆で読んで、21時一日の終了。 身支度を整えて
就寝。

こんな感じで、新緑輝く境内で 5日間を過ごしました。
鹿児島、佐賀、高知、大阪、京都、滋賀、三重、愛知、静岡
長野、神奈川、東京、千葉、埼玉、宮城 … などから延べ
40名程の参加者で、男性が三分の二でした。

この自己が、言われている通り、とらわれるものも拘るものも
なく、刹那と言っていいか … 思考の入りこむ余地 … 時間も
私意識 もない … を生きて在る活動体で、見え、聞こえ、嗅げ、
味わえ、感知でき、そして、自在に湧く思考も瞬時に立ち消えて
いく … 素晴らしい自然であり、宇宙である ありがたいもの と
生で感じました。
今のわかりようで、これが日常である と 更に つなげ 本質に
脱落 して いく ものと了解しています( いつも今は未体験ゾーン)。
そして、この了解もとらわれない、掴んでしまわないことが
大切なようです … いつだって瞬間に自由自在に活動する。

生み出してもらったこと、育ててもらったことも含めて、今
在ることを感謝しています。
老師に独参して、"生死の中に仏あれば生死なし”
"煩悩即菩提 ”"知らぬが仏 ” が今 届いています。

  唯吾知足2




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