ゲシュタルトに出会って、人生を取り戻したはっちゃんが、時々の旅路の様子、想い、感じたことを記します。
  • 09«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »11
-------- (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016-03-13 (日) | 編集 |
 KC431200.jpg

冬を越した田んぼは、腐葉土状態で、生命を養うに充分のあり様に
見受けました。 
水ぬるむ春の到来を実感できます。
実家への途中にクロッカスの花も咲いて、春の息吹きが楽しげです。

畑の隅に植わっているキンカンの実がたわわで、いっぱい落ちても
いて、鳥たちの食料になっている一部を、私もお裾分け頂き、皮ごと
まるまる食する幸せ … 大好きをほお張り、そして実家の継母とも
分かち合い、ご縁をしみじみありがたいね~ 今・ここの出会いが
この上なくありがたいね~ と言い合って、ありがたさ が満ちました。

仏さまをお参りして、自分の仏の在りようとも呼応して、幸せいっぱい
生きているものたちの幸せが、先に逝っている先祖たちにとっての
最大・最高の供養と思えば、今・ここの人生が幸せに満ち足ります。

これまで如何なる時にも、仏性は何の足すものも引くものも無く、
完璧に満ち足りながら生きて来ている … これが実存の在りよう
と 今 知的にも思えます。

お彼岸を前にして、この世に生きて在る幸いを 今・ここで
生きています 
ある人は、この状況を、宝くじに当たったよりも幸せ ~~~ と
言われます。
( 実際には、" 正師に出会うのは、宝くじに当たる以上の幸い!”
と言われて、稀有なことだとされています。 )
私も、決して当たらないと思うから 宝くじは買いませんが、
買わないのに 大当たり を頂いている … 何とありがたいこと
今がまさに この状況に感じます。
そして、気がつけば みんな だれ一人残らず 大当たりだった
ということなので しょう ね

 KC431198.jpg





スポンサーサイト

コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿する
URL:
コメント:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック:
この記事のトラックバック URL
この記事へのトラックバック:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。